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中居正広が父・正志さんの壮絶がん死をラジオで告白…手料理で父の闘病を支え [芸能]

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SMAP(スマップ)のリーダー・中居正広(42歳)が、
自身のラジオ番組「中居正広のSome girl’SMAP」
(ニッポン放送・土曜日午後11:00から)
に5月9日出演、
自身の実父・中居正志(まさし)さんが、癌(がん)のため
去る2015年2月19日に享年79歳で亡くなって死去していたことを告白した。
(すでに近親者らで密葬をおこない、4月8日には四十九日法要も済ませていたとのこと)

正志さんは北海道出身。中居正広がSMAPとして人気を博してからは、
「めちゃ×2イケてるッ!(めちゃイケ)」「27時間テレビ」(フジテレビ系)
などのバラエティー番組で中居と共演したり、
2011年末にはNHK紅白歌合戦にリハーサルを見学に訪れ、
中居の結婚について発言するなど、メディアにもたびたび登場していた。

メディアには映らないところでも、
東京・渋谷のNHKホールでおこなわれるNHK紅白歌合戦のリハーサルには
毎年のように足を運び、
客席からステージに立つ息子の姿を密かに見守っていたという。

同時に、メディア関係者へは「息子をよろしくお願いします」と挨拶を欠かさず、
“名物”父親としても知れわたっていたようだ。

また、3人兄弟の末っ子である中居のことを
バラエティー番組でも愛情を込めて「ヒロちゃん」と呼ぶなど、
微笑ましい父子のやりとりを見せ、SMAPファンのみならず、
広く一般視聴者からも“仲良し父子”として知られ、好評を博していた。




自らの言葉で直接ファンへ父親・中居正志さんの死を報告


中居は今回のラジオ番組まるまる全部を使って、
亡き父との最後の日々を詳細に振り返った。

中居は番組の冒頭において、

「報告しなければならないことがあります」

と切り出し、ゴールデンウイークを振り返るなどした後、

「言わなきゃいけないことがあるのか…」

と1曲を挟み、

「だいぶ落ち着きましたので、この時期なんじゃないかと思いまして、
 勝手にこの時期にさせていただきます。
 個人的なことですけど、2月19日に私のお父様が亡くなりました。
 享年79、4月2日に80歳だったんですけど80前に亡くなりました。
 四十九日を4月8日に滞りなく済ませまして。
 すぐ(報告するの)が良かったと思いましたが
 この時期になってしまいました」

「僕の家にも、5センチ×5センチぐらいの箱の中に骨があります」

などと、淋しさを滲ませながら切々と語った。


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中居正広の父親・正志さんの壮絶な末期がん闘病生活


正志さんの“壮絶な” がんとの闘いも打ち明けた。

2年前の2013年2月に肺がんであることが判明し、
同年3月に8時間に及ぶ大手術で片方の肺を摘出。

この手術当時は野球のWBC東京ラウンドが開催されている時期で、
中居もWBCの仕事へ向かう直前まで手術に付き添っていたという。

同年の秋にはリンパへの転移が発見され、週に6日もの放射線治療を受け、
一時退院して昨2014年5月にはハワイ旅行へ出掛けられるまでに回復したそうだ。

しかし、ハワイ旅行の直前には喉頭がんが発見され、
いったん旅行を断念しかけたこともあったものの、それでも

「明日、明後日、(急に)亡くなることはないと(医師に)言われて行った。
 プールも行って、ゴルフもやって、酒もちょこちょこ飲んだのよ」

バルコニーでも食事を摂るなど、楽しい時間を過ごしたとの思い出を明かした。


旅行後の同年8月には再び入院しての手術となった。
中居はこの時期のことについて、

「いろんなやり方があると言われて手術し、3カ月かな入院してましたが、
 その約100日間、飲まず、食わず、しゃべれず。
 これはつらかったね。何もやってあげられないからさ。筆談になっていたから」

と語った。

その後も、

「最後は胸の肉をのどに移植するとか大きな手術を繰り返したんだけど、
 お父さんも気持ちが持たなくなるんだよ。
 点滴の生活だから体重も80キロ近くあったのが40キロ台になって…」

と説明した。

正志さんは食べられるようになったら何を食べたいかのリストを書いていたというが、
その後、昨年11月末か12月ごろに退院。家族みんなでお祝いに寿司を食べに行ったという。

ただ、やはり喉の調子はよくなく、入退院を繰り返したそうだ。

その後は、3日に1回行っていたお見舞いが1日おきになり、
最後は毎日行くことになったことなど、落ち着いた口調で振り返った。

「俺、この12月・1月・2月の3カ月で、救急車に4回乗ったからね」

そんな多忙な最中、今年2015年1月には
「病院のメシはまずい」と漏らした父のために、
スケジュールを調整し、自身でシチューやおにぎりなど
自ら手料理を作って看病したこともあったという。

中居は「なかなかマメなんだ、俺」とおどけつつも、

「こんなにまずいおにぎりは初めてだ」

と正志さんからダメ出しされた思い出についても
しみじみと語った。

(死去の前の)最期の1ヶ月間の出来事については、
番組の終了時刻に近づいたため

「来週、話そう」

と次回に語ることとして、番組はエンディングを迎えた。


放送終了直後にはTwitter(ツイッター)のタイムライン上で、
正志さんの死について

「つらいことを自らの言葉で伝えてくれてありがとうございます」
「尊敬するホントに」
「一生懸命お料理してあげたんだ」
「多忙なのに看病出来るだけのこと」

など、中居の献身的な看病と家族愛を称えるツイートが数多く並んだ。


また、「めちゃイケ」などのバラエティー番組で
中居と共演したこともある正志さんについて、

「パパ、素敵な人だったよ。みんな知ってる」
「こんな人を育てあげた中居パパ最強」
「素敵な親子関係」
「冥福をお祈り致します」

といった書き込みも目立った。


ラジオ番組後にネット配信されたニュース等で
正志さんの訃報を知ったファンなどからは、死を悼む声が溢れているほか、
気丈に報告した中居の姿勢を讃える声もあがっている。

「中居君、本当にプロだな」
「プロとして気丈に振る舞った中居正広は、尊敬に値すると思う」
「とても絆の深い親子の印象でした。お父さんの分も中居クンが笑顔で!」


それにしても、プライベートでこのように壮絶な闘病生活があったことを、
ファンおよび関係者のうち一体どれほどが気付いただろうか。

テレビ番組など、芸能人としての仕事上では微塵もそれ感じさせなかった。

さすがプロフェッショナルだと感じると同時に、
中居本人の気持ちに思いを馳せると、その悲しみの大きさは想像するに余りある。

正志さんのご冥福を心から深くお祈りしたい。

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